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澁田寿昭先生 窯出し展示 ' 17

焼き物

9時過ぎ、車に乗り備前へと向かう

早く着いたので車中にて20分程

 

澁田寿昭先生にお会いさせて頂くのは 1年振りのことだが

自宅工房に伺うのはおよそ 2年振り

ご挨拶の後早速に拝見を

春めいてきた陽射しの差し込む工房にて拝見する新作

土と胡麻が一層輝いて見える

 

今回は松をあまり使われず、杉と檜をメインにして更に雑木も

その雑木もご自分で割られ、また多目の種類を使い焚かれたとのことで

胡麻の色のヴァリエーションがいつもよりも多い

先生は古備前もやはり松だけではなく

雑木を使っているのでは、と考えておいでで

私個人も、そんなに多くの古備前を見たわけではないのだが、

その様に思っている

 

拝見した後でいつもの様にいろいろとお話を伺う

モノツクリとヒトツクリ

とある先生が別な方向に進んでおられれば

世界的な方になられたのではないか等

裏話的なお話なども教えて頂く

フランス滞在中のお写真なども

遠方の方には申し訳もないが

直接お邪魔させて頂くことの出来る醍醐味

 

人括りに備前焼、伊部と言ってもその中では

幾つかの “ 流れ ” がある。その中で互いの栄枯盛衰があり

伊部周辺をも含めて備前焼は長い歴史を歩んで来た

伊部の中での互いの刺激、周辺からの刺激、時代の流れ

日本の文化が花開いた時、桃山であれ明治であれ

海外の異文化との出会いの影響は計り知れないものがある

侘び錆びの文化もその大きな流れの中、日本という世界の片隅で

密やかに、だが美しく花開いた

他者から影響を貰い、自分を見つめ直し

そして、自分を新たにする

自分の美を発見し、その価値観を世に広めた

利休や織部の力

ネットを通じての繋がりが普及した現在、日本の中のローカルな備前焼が

いや、ローカルであるからこそ

備前焼と異文化が出会うチャンスは広がっている

これからの作家というものを考えるとき

先生はそうお考えなのかもしれない

 

窯焚きのお話などを伺っているうち、不図気になったので

ある程度の経験を積めば、窯焚きの技術的な部分は

差が小さくなるのか、をお尋ねすると

センスがあるかないかだと思う、とのお答え

山菜採りで山に入ったときに

お目当ての山菜を見つけられる人とそうでない人

その山の中で何を見て、何を感じるのか

 

先生が焚かれた窯の焼成の記録を見せて頂く

大変に貴重なものだ

焚く日数 = 焚き上がりから逆算をして

昇温、どのタイミングでどの様な指示を出し、どこで自分が入るのか

手間返しと呼ばれる慣習のある備前に置いては、殊に

窯焚きは人です。

 

ここ数年はフランスなどで備前焼の展示、講演の機会もお有りで

言葉そのものの文化・体系の違いの中で

食をはじめとする様々な文化、もてなしの違い

( 日本での最高のもてなしは、亭主自らが行うが・・ ) に因る

道具への、身体へのアプローチの違い

そして双方の自然観、自然感の違いを

如何にして言葉で橋渡しをするのかに

苦心惨憺七転八倒をしておられる

この様なヨーロッパの焼き物文化との遣り取りの中、澁田さんは

備前焼としての基本を新たに、より一層に意識しておられる様である

備前焼の基本

土と薪窯

土作りと窯の構造、その焚き方、薪に何を使うのか

 

作品を頂く

熾きに埋もれ、美しいグレーを纏い座した仏様のような瓢の徳利

“ 轆轤 ” で引き上げられた、自然練り込みのお湯呑み

美しい黄胡麻を何層も被りながら、エキゾチックな雰囲気を残す馬上杯

下塗りに色を重ねていくように三度焼かれた黒備前の角酒器

 

お話の途中、

先生のお顔が随分とお優しいお顔になっておられることに気が付いた

先生に初めてお会いさせて頂いたのは

先生がまだ備前陶苑におられた頃のことで

あの頃はどこか、ある種の鋭さが見受けられた

これはある方に教えて頂いた話なのだが

嘗て澁田先生の作品に施された ‘ 鎬 ’ を見たお客さんが

〝 日本刀の切れ味  !  〟と評されたという

今の先生のお顔からその鋭さは感じられない

だけれども、その鋭さは

鈍ったはずもなく

況して、無くなってしまった訳でもない

先生が切ろうとしておられるものが変わった、

ただそれだけのことなのである

 

澁田先生、ありがとうございました

 

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