宮本常一さんの「 山に生きる人びと 」に
( 以下 84頁から引用 )
コケシというのはコケラという言葉と関係があろう。
コケラとは木屑のことで、木屑を利用して作った人形という
意味かと考える。 ( 引用ここまで ) と書かれている
また更に ( 以下も 84頁から引用 )
近江から会津へつれてこられた者が
東北各地に散在居住するにいたったことをたしかめ、
( 引用ここまで ) とも
下の引用のこれらの仲間、とは
コケラ = 木屑が語源というのも面白いし十分にありそうな話
作っていたのが近江から会津領に連れて来られた木地師達に伝わり
更に東北各地に散在居住すると共に広まったのか
それとも近江から連れて来られた木地師達が
各所に散在居住すると共に広がり
そうした中で元々東北に居た木地師達にも近江から来た木地師から
こけしが広まっていったのか
実際には蒲生氏郷の会津入部が文禄元年 ( 1592年 ) で
こけしが温泉地で土産物として売られるようになったのが
文化文政期頃 ( 江戸時代後期 1804年 ~ 1830年頃 ) とのことなので
時代差もあり詳しくは分からないけど
おもしろい話だ
まあ単純に近江から = 小椋谷からの可能性もあるけど
こけしの原型、前身が
近江の木地師達が東北に持ち込んだもの、なのか
あるいは近江から連れ来られた木地師達が東北の地で作り始めたもの
なのか、元々東北に居た木地師達が近江から来た木地師達に伝えたもの
なのか、近江から来た木地師達が東北の木地師にも伝えたもの、なのか
はたまたまったく別なルートで作り始められ、広まったものなのか
実に興味深い話