内側への線の収束

ネットで

手塚治虫先生の描かれる

女の子に感じられる色気

その色気に対しての

夏目房之介さんの御意見が

紹介されていた

 

その色気とは手塚先生の

初期の頃に描かれた女の子に

感じられるもので

途中からはあまり感じられなくなった、と

感じられなくなった理由は

内側への線の収束がなくなったから

それは手塚先生の体力的な部分に

起因するのかも、というお話でした

 

手塚先生の初期の頃の線は

内側に収束している

そこに色気があった

ただ、途中からは

線が内側に収束するところ迄描かれずに

途中で抜けた様な線になってしまっていて

それ故に色気が

感じられなくなっていったのだと

その線を最後迄描けなくなった理由というのが

体力的に、線が収束する最後迄

描けなくなった為だったのではないのか

と、いうお話

 

ノー絵心なオイラには

難し過ぎて分からんちん過ぐる

お話なのですが、兎に角

手塚治虫先生や石ノ森章太郎先生など

昔の先生方の描かれる女の子は

今の漫画の絵と比べれば

シンプルであるのに

何故こんなにも可愛い女の子が

描けるのだろう ?

と、疑問に思っていたので

オイラには難し過ぐる話だけど

何となく納得が出来た様な気がして

ちょっと嬉しかった

 

井戸茶碗の口辺から高台へと下りる

横の線をそのまま

高台内に伸ばして行けば

両側から下りて来る線が

高台の真ん中辺りで交わると

教えて頂いたのだが

それと似たことなのだろうか ?

合ってる ?